アスリートとしての生き方

ルールを決め、環境を見直し、目標を設定してから早1週間。

これからトライアスロンを取り組んでいくにあたってルールを3つきめた。 競技力を上げるためでもあるが、自己肯定感を高めるためでも...

2020年になってから、すでに5週間と少しが経過した。

うち4週間は記録会のために使っていると考えると、1年て本当に短いなと思う。

時間は大切にしなきゃね。

〇目標を公言する前に

すでに新しい目標に向かってトレーニングをしているのだが、

目標を公言する前に、

・どのように、どこを目指しているのか

・いつまでに達成するのか

・どんな人とやっている/どんな人とやっていきたいのか

・なぜそこを目指すのか

といったことの明確化を進めている。

なぜ、こんな就活生みたいなことをしているかというと、私の中のトライアスロンの向き合い方をはっきりさせないと、自分も相手も傷つけることになるからだ。

私の中で、トライアスロン、もっといえばスポーツとはこれからも一生付き合い続けることになると思っている。

体が動かなくなっても、何らかの形で携わっているだろう。

しかし、プロアスリートとしてパフォーマンスの限界を求めたとき、長くて20年そこそこではないかと思った。

体が思うように動くうちに、限界まで挑戦したい半面、お金も稼がなければいけないし、人も大切にしたい。

どうしたらそんな生き方、競技の取り組み方ができるだろうかと思ったとき、

自分のできること、できないこと、やりたいこと、やりたくないことをはっきりさせることだと考えた。

さらにいうなれば、そこになぜ?をつけていくことが大切だと。

できないこと、やりたくないことに関して言えば、自分の努力次第でなんとかすることができ、方向性が一緒なのであればやってみればいいのだが、やりたいこと、できることでも、方向性が違うのであれば、少し考える必要がある。

トライアスロンがお金稼ぎのツールに代わってしまっては本末転倒だ。

傍若無人にふるまっていては、応援もされないし、居場所もなくなってしまう。

〇人を大切に

やはり自分の中でこれが一番大切なことだ。

何かのご縁でつながった以上、不義理は起こしたくない。

(知らず知らずのうちにやってしまっているかもしれませんが。)

自分の関われるラインを越してしまうと、相手を傷つけてしまうことになる。

特にお金に関して言えば、必要以上、実力以上にもってしまうと、傷つけてしまうことが増える。

私たちプロは、自分の好きなことで生きていくのだから、その生き様や、成長過程、その過程の中で得たものを提供した際に価値を感じてもらえないのであれば、そこまでだということだ。

応援という投資が続いている、あるいは価値を感じてもらっている限りは、相手も満足するだろう。

〇私の生き方

正直、その生き方めんどくさいでしょ?って聞かれることもある。

たしかに損をすることもあったし、うまく扱われることもあるが、大切にしてもらえているということもある。

無難なかかわり方をするより、馬鹿正直に生きて、たくさん笑って、たくさん痛い目見た方が面白くないですか?(笑)

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